人間が自分のことを棚に上げるのは当然の心理

人間は自分のことを棚に上げる生き物です。
これは当然の心理なのかもしれません。

そしてこういった振る舞いは職場の同僚などいつも会う人だけではなくアカの他人に対しても同様です。

他人の行動は悪意に満ちたものに違いない

自分が電車に乗っているときのことを想像してみてください。

そして他の乗客が以下のような行動を取ったとします。

  • 大きなくしゃみをする
  • 同行者との会話が盛り上がり大きな笑い声を上げる
  • スマホ操作による腕の動きが自分にぶつかっている

このときあなたはどう思うでしょうか?

おそらくワザとやっている、自己中心的な人、性格の悪い人などと思うはずです。
しかしこのケースで本人が意図しているかどうかは不明です。

次に自分がそういった行動をするところを想像してみてください。

「私はそんなことしない」と思ったかもしれません。
そう思った時点でさっそく自分のことを棚にあげているのです。

上記の具体例以外でも自分が電車内で何か迷惑となる行為を無意識にしていないだろうか?という思考は生まれなかったわけです。

敵意を生み出すのは相手の行動ではなく自分の思考

公共の場での自分と他人の振る舞いについて想像させる実験があります。
自分が行為をしたときと他人が行為をしたときの2パターンを想像させるとその意図について異なる考え方を持ちます。

自分が行為者側の視点に立つと多くの人は次のように考えます。

  • わざとやっているわけではない
  • それほど他人の迷惑にはなっていない
  • それでも自分が謝罪した場合に周囲の人は許さないだろう

逆の立場、つまり他人が行為をした場合を想像させると全て反対に考えます。

注目すべきは謝罪した場合の考え方です。
多くの人は「相手が迷惑行為をしても謝罪された場合に自分は許す」と考えるのです。

つまり「自分は悪意を持っていないし心も広い」ということを当然の前提条件として持っているということです。

敵意を生むのは敵意ではなく、「他人は敵意を持っているに違いない」という自分の考えなのかもしれません。

自分のことを棚に上げないためにも思考の棚卸しをしましょう。

参考文献:Ursula Hess, et al (2016). I and My Friends are Good People: The Perception of Incivility by Self, Friends and Strangers.

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