貧困を自己責任論で語るのは心が弱い人

健康な成人の貧困は自己責任と言われがちです。

私自信もかつてはそう思っていました。

しかし世の中には行動を起こせばどうにかなるということを信じられない人もいるのです。

私が自己責任論信じていた理由

世の中にはお金儲けが天才的に上手い人がいます。
そういう人は特に何かをする必要なく思うままにビジネスをすることができます。

そうでない人は努力を継続すれば日本という国では何とかなります。
大多数はここに該当します。

努力を継続できない人はそのための方法を調べれば良いです。
集中力や習慣化のテクニックはネットや本にたくさん転がっています。

このように最上位にいる人から最下位にいる人までそれぞれに合った方法は存在します。

身分制度が固まっていた時代であれば本人の努力だけではどうにも出来なかったかもしれません。
しかしネットでブログを書くだけでもそれなりの収入を得られる時代に健康な若者が貧困に陥るというのは自己責任ではないでしょうか?と思っていたのです。

学習性無力感

人間に飼われているゾウが細い縄を引きちぎって逃げないのはなぜでしょうか?
それは力のない子供時代に何度もチャレンジして切ることが出来なかったからです。

そのため力をつけた大人になったら試すことさえしなくなります。
このような心理を「学習性無力感」と言います。人間にも当てはまることです。

努力をすればどうにかなる、その方法も探せばどこかにある、と思えること自体が過去の小さな成功体験によって育まれる感覚です。
そういった体験を持っていない人は自分が行動を起こせば貧困から抜け出せるということを信じることが出来ないのです。

貧困から抜け出す方法が簡単に調べられるのに調べない人に対して不思議な感覚を持つかもしれません。
そして誰でもできることをやらないのは自己責任でしょうと考えるのです。
しかしその感覚を持てるということ自体がかなり恵まれているのです。

また正しい努力の方向が分からないという人もいます。
ブラック企業や非正規雇用で一生懸命に働いたことろでスキルなど身につかないことの方が多いです。
これについては一流と言われる企業の社員も同じかもしれませんが。
しかし騙されて心を病むまで努力をしてしまうのです。

現代は貧困が目立ち難い時代です。

年収数千万円の人もファストファッションを買いますし、コンビニに行きます。
貧困層もそうは見えないのです。

そのためお金がないことが自己責任論で片付けられやすいのかもしれません。

しかし一般的な感覚を持っているように見える人の中にも学習性無力感により行動することが出来ない人がいるのです。
これは本人の努力の問題では片付けられない心の問題です。

自己責任論を唱える人の心理

世の中は自分の行い通りの結果が返ってくるという考え方を「公正世界仮説」と言います。
調査をすると経済的に成功したエリートと言われる人たちにこの考えを持つ人が多いそうです。

犯罪の被害者を叩くときにもこの心理が働くと言われています。
「性的暴行を受けたのは短いスカートで夜に出歩くからだ」と女性が女性を非難するのは公正世界仮説の考え方です。
自分はそんなことはしないから大丈夫だと安心したい心理ともいえます。

貧困は自己責任というのもこのような思考が根本にあります。

自分の報酬を正当化し安心したい

同じ能力でも入る会社によって年収は大きく変わります。

経済活動に使える会社の有形無形の資産総額を社員数で割れば大手一流企業と言われるところのほうが大きくなるので当然です。
人間が提供する労力が同じでも稼げるお金には差が出ます。それが給料にも反映されるのです。

本人が凄いのではなく会社を創業した人と会社が所有する資産が凄いのです。

自分の努力や能力のおかげで今の報酬を得ているわけではないということに何となくは感づいている人もいます。
しかしその状態は心地良いものではありません。

何とか正当化したいと思います。
そこで今の報酬は自分の努力によって手に入れたもので適正な金額だと思い込むのです。

そして貧困に陥る人は努力をしていないのだから自己責任と考えるようになります。
自分は努力をしているから貧困にはならないだろうと安心したいという心理も働きます。

自己責任論を唱えると強くなれた気がする

経営コンサルティングの仕事で顧客企業の給与体系を見直すことがあります。

そのとき成果報酬の制度を提案すると賛成する人は意外と多いのです。

最初の頃はこれが不思議でした。
一部の優秀な人間だけが賛成するのなら理解できますがどちらかといえばパフォーマンスの低い人まで賛成するのです。

深く話を聞いている中でその理由は理解できました。

成果報酬を支持しないということは自分は無能ですと宣言しているのと同じことなのです。
実際にそんなことはありませんが本人はそう思ってしまいます。
だから反対しにくいのです。

また成果報酬が正しいと言うことによって自分も有能になった気になれるということもあります。
しかしその感覚は長くは続かないので不安や不満が大きくなることのほうが多いです。

そもそも本気でそのような給与体系を望んでいる人が年収ベースで数百万しか変わらない制度に納得するわけがないのです。
給与が青天井の会社にいる人以外は心のどこかで不安を感じているものです。
それを吹き飛ばすために成果報酬を支持するのです。

就職活動中の学生が実力主義の会社に行きたいと言いながら最終的に古き良き日本の会社に入社するのも同じことです。

心に弱さを抱えた人間ほど自己責任論を唱えることで自分を安心させているのです。

自己責任論は弱い人間が強くなった気になれる麻薬のようなものなのかもしれません。

ねむの木学園の宮城まり子さんは「やさしくね、やさしくね、やさしいことはつよいのよ」と子供たちに教えていたそうです。

自分の弱さから目を背けるために弱い立場の人を非難するような人間にはなりたくないものです。

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