奴隷の鎖自慢:ブラック企業の社蓄ということに気づかない人々

ブラック企業に勤める人が労働時間の長さや給料の低さを嘆くことがあります。

すると別の誰かが「ウチの会社なんかもっと酷い、先月の残業は100時間を超えた」と言い出します。
すると今度は「ウチは150時間を超えてる」と言い出す人が現れます。

いかに自分の会社の労働環境が劣悪かを自慢しだすのです。

彼らは苦しい思いをして貰う給料にこそ価値があると洗脳されているのです。

やがてやりがいを持って働く優良企業の社員や、自由に生きる人を馬鹿にしだすことさえあります。

奴隷の鎖自慢とは

アメリカの作家にアミリ・バラカ(出生名:エバレット・リロイ・ジョーンズ)という人がいました。
社会運動の活動家としても知られている人です。

彼が「奴隷の鎖自慢」という話をその文章の中で述べています。

奴隷はその環境に慣れすぎると自分を繋ぐ鎖の自慢をし始めるということです。
どちらの鎖のほうが光っているか?重たくて高価そうか?といったことを競うのです。

しかし奴隷たちが繋がれているのは同じ1本の鎖です。
本人たちは違うといっても同じものなのです。

自分の会社がいかにブラック企業かということを自慢する人々もこれと同じことをしています。

この場合の鎖は資本主義の負の側面といったところでしょうか?
利用しやすい人間からお金や労働力を不当に搾取しても資産を形成できるという仕組みに上手く乗っかっている資本家たちです。

リロイ・ジョーンズは現代の社蓄の行動を指して「奴隷の鎖自慢」と言ったわけではないでしょうがこれほどまでに上手く表現したフレーズもないと思います。

現代の奴隷は気づいていないどころか誇りにさえ思っている

「奴隷の鎖自慢」の話には続きがあります。

現代の奴隷についても言及しています。(といってもこの話の初出は1960年代と言われていますが)

それによると現代の奴隷は自ら進んで奴隷服を着るということです。
そして自分が奴隷であるということに気がつかずにそのことを誇りにさえ思っているのです。

仕事が辛いからといってそれが高度なこととは限りませんし、大変さと社会への貢献度は必ずしも比例しません。

しかし人の心は行動と認知の不協和を嫌います。
これだけ辛いのだから他の人たちよりも凄い仕事をしている、レベルアップもしている、自分はこの仕事が好きなんだと思い込もうとするのです。

しかし単にキツいだけの仕事をしていてもスキルは身につきません。
ブラック企業で働くということは会社と自分のどちらが先に潰れるかというチキンレースをしているようなものです。

残業時間の自慢をしている人は「奴隷の鎖自慢」になっているということに早めに気づきましょう。

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